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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4265号 判決 1983年1月27日

昭和五二年(ワ)第四二六五号事件原告、同年(ワ)第六二三四号事件被告 東京都営繕建築協同組合

右代表者代表理事 吉村神太郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 芹沢孝雄

同 相磯まつ江

昭和五二年(ワ)第四二六五号事件被告、同年(ワ)第六二三四号事件原告 安田季彦

昭和五二年(ワ)第四二六五号事件被告 安田タツ

昭和五二年(ワ)第六二三四号事件原告 有限会社きものの館やす田

右代表者取締役 安田季彦

<ほか一名>

右四名訴訟代理人弁護士 宮山雅行

同 小林芳夫

主文

一  昭和五二年(ワ)第四二六五号事件被告安田季彦は、同事件原告東京都営繕建築協同組合に対し、金四一万〇九五五円及びこれに対する昭和五二年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  昭和五二年(ワ)第四二六五号事件被告安田タツは、同事件原告菅原孝に対し、金五五万六八〇〇円及びこれに対する昭和五二年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  昭和五二年(ワ)第四二六五号事件原告菅原孝の同事件被告安田季彦に対する請求を棄却する。

四  昭和五二年(ワ)第六二三四号事件原告らの同事件被告らに対する請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、右両事件を通じ、昭和五二年(ワ)第四二六五号事件被告安田タツ及び昭和五二年(ワ)第六二三四号事件原告らの負担とする。

六  この判決の一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(昭和五二年(ワ)第四二六五号事件――以下「第一事件」という。)

〔請求の趣旨〕

一  第一事件被告安田季彦(以下同事件に関して単に「被告季彦」という。その余の同事件被告らの表示についてもこの例にならう。)は、同事件原告東京都営繕建築協同組合(以下同事件に関して単に「原告組合」という。)に対し、金四一万〇九五五円及びこれに対する昭和五二年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一事件被告らは、同事件原告菅原孝(以下同事件に関して単に「原告菅原」という。)に対し、各自、金五五万六八〇〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

(昭和五二年(ワ)第六二三四号事件――以下「第二事件」という。)

〔請求の趣旨〕

一  第二事件被告ら(以下同事件に関して単に「被告ら」又は「被告組合」、「被告菅原」という。)は、各自、同事件原告有限会社きものの館やす田(以下同事件に関して単に「原告会社」という。)に対し、金一五七七万六〇〇三円、同事件原告安田季彦(以下同事件に関して単に「原告季彦」という。)に対し、金八四八万三六〇五円、同事件原告安田浄子(以下同事件に関して単に「原告浄子」という。)に対し、金四〇万六〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五二年七月一四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件)

〔請求原因〕

一 請負契約

原告組合は、被告季彦から、昭和五二年一月二〇日、同被告の所有する東京都中野区《番地省略》所在家屋番号二番九木造瓦葺二階建居宅(以下「本件建物」という。)のうち一階北西角の台所部分の改造工事を次の約定で請け負った(以下「本件請負契約」という。)。

代金 一三七万円

弁済期 契約時、着工時及び着工時と完成時の中間に各三一万円

完成時に四四万円

二 工事の実施

原告組合はその組合員である原告菅原に右改造工事を下請させ、原告菅原は同月二九日に同工事に着手し、同年二月二日までに次のとおりの工事を行った。したがって、原告組合は被告季彦に対し、右工事代金合計四一万〇九五五円の請求権を有する。なお、右改造工事が本件建物の火災により完了することができなくなったことは後述のとおりであるが、四で述べるように、右火災は被告季彦及び同タツの重大な過失によって生じたものであるから、民法五三四条一項又は五三六条二項により、原告組合は出来高についての請求権を失うものではない。

1 撤去工事 計三万九二〇〇円

既存出窓撤去 一式 八〇〇〇円

既存間仕切撤去 一一平方メートル 一万三二〇〇円

既存設備撤去 一式 五〇〇〇円

発生材処分 一式 一万三〇〇〇円

2 仮設工事 計三万円

仮設足場損料 一式 一万円

水盛遣形墨出 一式 一万円

養生按付 一式 一万円

3 基礎工事 計二万六〇〇〇円

布コンクリートブロック基礎四メートル 二万六〇〇〇円

4 木工事 計一六万二五九五円

木材費 一式 六万四九九五円

二階障子枠材 一式 一万五六〇〇円

金物及び工費 一式 八万二〇〇〇円

5 内装工事 計二万六二〇〇円

床寄木合板 二平方メートル 七五〇〇円

壁下地合板 二〇枚 一万八七〇〇円

6 建具工事 計一〇万六九六〇円

アルミサッシ掃出 二基 一〇万六九六〇円

7 雑工事 計一万円

8 諸経費(運搬経費) 一万円

三 本件建物の火災と大工道具等の焼燬

本件建物は前記改造工事の施行中同年二月三日午前七時ころ発生した火災(以下「本件火災」という。)により全焼し、その結果、原告菅原が改造工事現場に置いてあった同原告所有の次の大工道具等(時価合計五二万六八〇〇円)が焼燬した。

1 大工道具二人分 計四九万六五〇〇円

電気丸鋸 二台 三万八〇〇〇円

電気鉋(大) 一台 三万一〇〇〇円

同(小) 一台 二万九〇〇〇円

電気ドリル 一台 二万三〇〇〇円

電気コードリール 一台 三万三〇〇〇円

大工両刃鋸 五枚 六万円

鉋 四枚 四万八〇〇〇円

のみ 二組 四万六〇〇〇円

砥石 一組 八〇〇〇円

墨壺(欅) 一個 四万二〇〇〇円

墨壺 一個 二万四〇〇〇円

水平器 一個 四七〇〇円

バール 一メートル 三六〇〇円

脚立 四台 一万二〇〇〇円

小物道具二人分 二万円

シート(布製) 三枚 七万二〇〇〇円

シート(ビニール製) 一枚 二二〇〇円

2 水道道具 計三万〇三〇〇円

水道部品各種 一万七〇〇〇円

パイプカッター 一個 九五〇〇円

開栓器 一個 三八〇〇円

四 被告季彦、同タツの責任

1 本件火災は、本件建物の右台所部分の西側外壁近くに設置されていたガステーブルの自動点火装置が故障していたところ、被告季彦の母で同居していた被告タツ(当時七九歳)が右火災当日の午前六時三〇分ころ、右故障を知らずにガステーブルに点火すべくそのコックを開放したが、右故障のために点火しなかったにもかかわらず、被告タツは点火したものと誤信してその場を離れ、同日午前七時ころ、右ガステーブルが点火されていないことを知ってこれに点火すべくマッチを擦った際、右台所部分に充満していたガスに引火して爆発し、右台所天井付近から炎上、発生したものである。

したがって、右火災は、被告季彦が本件建物及び右ガステーブルの所有者として右点火装置の故障を修理すべきであったのにこれを放置し、かつ、その故障を被告タツに知らせておかなかったという重大な過失と、被告タツが右のとおりガステーブルに点火するためそのコックを回したが点火を確認しないでその場を離れ、その後ガスの充満に気付かずにマッチを擦ったという重大な過失とが競合して生じたものである。

2 また、右ガステーブルは民法七一七条一項にいう土地の工作物であるというべきところ、右1のとおり、本件火災は被告季彦が所有かつ占有する右ガステーブルの点火装置の故障が原因となって発生したものである。

五 原告菅原の損害

本件火災によって右三記載の大工道具等が焼燬したことにより、原告菅原は、その時価合計五二万六八〇〇円及び原告菅原がそれらを修理、調整するために要した費用三万円の合わせて五五万六八〇〇円に相当する損害を被った。

よって、原告組合は、被告季彦に対し、請負契約に基づき、弁済期の到来した請負代金中の工事完成分四一万〇九五五円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五二年五月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告菅原は、被告らに対し、右四1及び2の不法行為に基づき、各自、損害金五五万六八〇〇円及びこれに対する不法行為の後である右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔請求原因に対する認否〕

一 請求原因一は認める。

二 同二の事実中、原告菅原が原告組合から本件請負契約に基づく改造工事を下請し、同月二九日に右工事に着手したこと及び右工事が本件火災により完了できなくなったことは認めるが、工事の出来高は知らない。その余は否認する。

本件火災は、後記第二事件の請求原因三で述べるとおり、原告菅原の重大な過失により発生したもので、被告季彦の責に帰すべからざる事由により本件請負契約が履行不能となったのであるから、原告組合の請負代金請求権は消滅した。

三 同三の事実中、焼燬した大工道具等の種類、金額等の詳細は知らないが、その余は認める。

四 同四1の事実中、原告ら主張のガステーブルの自動点火装置が故障していたこと及び被告季彦の母で同居していた被告タツが右ガステーブルに点火するためにマッチを擦ったところ漏れていたガスに引火して本件火災が発生したことは認めるが、その余は否認する。2の事実中、被告季彦が点火装置の故障したガステーブルを所有かつ占有していたことは認めるが、その余は否認する。

五 同五の事実は知らない。

(第二事件)

〔請求原因〕

一 請負契約

第一事件の請求原因一記載のとおり(ただし、「原告」と「被告」の表示を逆に読み替える。)

二 本件火災の発生

被告菅原は、被告組合の組合員として本件請負契約に基づく本件建物の前記台所部分の改造工事を被告組合から下請して昭和五二年一月二九日に同工事に着手したが、工事施行中である同年二月三日午前七時過ぎころ本件火災により同建物が全焼した。

三 被告菅原の責任

被告菅原は、同月二日夕刻、右工事のために右台所部分の西側及び北側の外壁を除去したあとに外壁代わりのシートを張ったが、その際、消防法八条の三第一項、同法施行令四条の三、同法施行規則四条の三、昭和四八年六月一日消防庁告示第一一号等により一定の防炎性能を有するシートを使用すべきことが義務づけられていたにもかかわらず、これに違反して法定の防炎性能を有しないシートを用い、かつ、右建物と右シートとの隙間から台所内に風が吹き込む状態で、しかも、右台所西側外壁近くに設置されていたガステーブルに近接して右シートを張った。

このため、翌三日午前七時過ぎころ、原告季彦の母である安田タツが右ガステーブルに一旦マッチで点火してその場を離れた間に、右シートと本件建物の隙間から吹き込んだ風によってガステーブルの火が吹き消され、戻ってきたタツが再度ガステーブルに点火すべくマッチを擦ったところ、ガステーブルから漏れていたガスに引火し、防炎性能のない右シートが炎上し、その火が本件建物に燃え移って同建物を全焼させるに至ったものである。したがって、右火災は、防炎性能のないシートの使用及びその張り方の不適切という被告菅原の重大な過失によって発生したものである。

四 被告組合の責任

被告組合は、前記改造工事を被告菅原に下請させるにあたり、原告らに損害を与えないような適当な能力をもった下請人を選任し、かつ、現場における使用シートの性能及びシートの張り方等について十分に指導監督すべきであったにもかかわらず、これらを怠ったため、三記載の経過で本件火災が発生するに至った。これは、被告組合の本件請負契約の債務不履行であるとともに、使用者責任を負うべき不法行為にあたる。

五 原告らの損害

1 原告会社の損害 総計一五七七万六〇〇三円

(一) 在庫商品焼失分 合計三七四万二三五一円

(1) 昭和五一年八月三一日現在の在庫分 四七六万五五〇〇円

(2) 同年九月一日から本件火災の前日である昭和五二年二月二日までの購入在庫分 計一一七六万〇六七〇円

(3) 右(1)及び(2)の各在庫商品についての外注工賃 一五八万〇五四〇円

(4) 昭和五一年九月一日から昭和五二年二月二日までの商品売却額 八三六万四三五九円(右期間における商品売却代金の合計額一五〇三万五七〇〇円から荒利益四四・三七パーセント相当分を差し引いた原価相当額)

(5) したがって、原告会社の在庫商品焼失による損害は右(1)、(2)及び(3)の合計額から右(4)の額を差し引いた九七四万二三五一円であるところ、そのうち六〇〇万円は火災保除金の支払を受けたものであり、右損害金残額は三七四万二三五一円となる。

(二) 顧客からの預り品焼失分 合計二六八万二七五〇円

(1) 顧客からの預り品焼失による損害は、その弁償のために購入した商品の代金及びその外注加工費用の合計によって算出したものであり、その詳細は次の(2)及び(3)のとおりである。なお、顧客のうちの鈴木君江に対しては(4)のとおり金銭によって弁償したものである。

(2) 購入商品代金 計一九三万四一〇〇円

石くら株式会社からの購入分 八四万九三〇〇円

東京一文株式会社からの購入分 五四万一〇〇〇円

宮井株式会社からの購入分 一八万円

株式会社錦からの購入分 三万六五〇〇円

神田商店からの購入分 四万七六〇〇円

おか井からの購入分 二六万五九〇〇円

マタエ西村株式会社からの購入分 一万三八〇〇円

(3) 外注加工費用 計二八万〇六五〇円

栗原敏夫への支払分 一九万二二〇〇円

北島幸雄への支払分 三万四一〇〇円

伊藤紋章店への支払分 三万〇一〇〇円

小笠原勇夫への支払分 二五〇〇円

株式会社野口一郎商店への支払分 二万一七五〇円

(4) 鈴木君江への金銭弁償額 四六万八〇〇〇円

(三) 原告会社の逸失利益額 合計三七四万七九〇二円

(1) 原告会社の本件火災の直前の決算期である昭和五〇年九月一日から昭和五一年八月三一日までの営業利益は三四〇万四七六七円(ただし、原告会社の取締役である原告季彦の役員報酬を控除した金額)であり、右期間における法人税額は二万三二〇〇円であったので、右期間中の原告会社の実質利益は三三八万一五六七円となる。

(2) 原告会社は右火災による本件建物の焼失により、昭和五二年二月から同年八月まで営業不能の状態に陥り、その後、新店舗が完成した昭和五三年五月二三日までの間は行商等の方法による営業しかできなかったため、その間の営業成績は通常の三割程度であった。したがって、右各期間中の原告会社の逸失利益は次のとおり合計三七四万七九〇二円となる。

昭和五二年二月から同年八月までの間 一九七万二五八〇円

同年九月から昭和五三年五月までの間 一七七万五三二二円

(四) 原告会社の什器備品焼失分 合計五六〇万三〇〇〇円

《以下省略》

2 原告季彦の損害 総計八四八万三六〇五円

(一) 家具及び什器焼失分 四〇〇万円(次の損害のうちから火災保険金三〇〇万円を控除したものの内金)

《以下省略》

(二) 原告会社からの役員報酬の逸失利益 合計一二六万円

原告季彦は、昭和五二年一月当時、原告会社から一か月一八万円の役員報酬の支払を受けていたところ、右1(五)(2)のとおり、同年二月から同年八月までの間、原告会社が営業不能の状態に陥ったため右役員報酬の支払を受けることができなかったものである。

(三) 原告会社からの本件建物の賃料の逸失利益 合計一一七万円

原告季彦は、原告会社に対して本件建物を賃料一か月九万円で賃貸していたところ、右建物の焼失により昭和五二年二月から昭和五三年二月までの賃料合計一一七万円の支払を受けることができなくなった。

(四) 近隣住民及び顧客に対する火災についての陳謝に要した費用 合計二四万七〇三〇円

物品購入代金 二〇万三三三〇円

詫状等の通信費 四万三七〇〇円

(五) 本件建物の焼失によりマンションを賃借して居住したために要した費用 合計一五一万四五七五円

入居の際の契約金  四〇万七五七五円

賃料及び管理費  一一〇万七〇〇〇円

ただし、昭和五二年三月から昭和五三年五月まで一か月当たり賃料七万円及び管理費三八〇〇円の合計額

(六) 焼失建物解体工事費用 二九万二〇〇〇円

ただし、焼失した本件建物の解体工事に要した費用五九万二〇〇〇円から火災保険金三〇万円を差し引いた金額

3 原告浄子の損害 合計四〇万六〇〇〇円

原告浄子は、昭和五二年一月当時、原告会社の従業員として同社から一か月五万八〇〇〇円の給与の支払を受けていたところ、本件火災により右1(五)(2)のとおり同年二月から同年八月までの間、原告会社の営業不能により右給与合計四〇万六〇〇〇円の支払を受けられなかった。

よって、原告会社は、被告組合に対しては不法行為の使用者責任に基づき、被告菅原に対しては不法行為に基づき、各自、損害金一五七七万六〇〇三円及びこれに対する不法行為の後である昭和五二年七月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告季彦は、被告組合に対しては第一次的には請負契約の債務不履行、第二次的には不法行為の使用者責任に基づき、被告菅原に対しては不法行為に基づき、各自損害金八四八万三六〇五円及びこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告浄子は、被告組合に対しては不法行為の使用者責任に基づき、被告菅原に対しては不法行為に基づき、各自損害金四〇万六〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔請求原因に対する認否〕

一 請求原因一の事実は認める。

二 同二の事実は認める。

三 同三の事実中、被告菅原が昭和五三年二月二日夕刻、改造工事のために台所部分の西側及び北側の外壁を除去し、そのあとにシートを張ったこと、翌三日午前七時ころ、タツが右台所西側外壁近くに設置されていたガステーブルに点火しようとしてマッチを擦ったところ、右ガステーブルから漏れていたガスに引火して火災が発生し、その結果、本件建物が全焼したことは認めるが、その余は否認する。右火災の発生原因は、第一事件の請求原因四で述べたとおりであって、仮に、被告菅原が原告ら主張のとおり防炎性能を有しないシートを用いていたとしても、本件火災の発生とは因果関係がない。

四 同四の主張は争う。

五 同五の事実はいずれも知らない。

なお、原告会社は、本件火災の直後から行商を開始したので、その営業利益には殆んど影響がなかったものであり、また、仮に同年八月まで休業したとしても、それは、原告季彦の四階健マンションの建築によるものであって、右火災によるものではない。

第三証拠《省略》

理由

第一第一事件について

一  原告組合の被告季彦に対する請負代金請求

1  請求原因一の事実及び同二のうち原告菅原が本件請負契約に基づく本件建物の改造工事を原告組合から下請し、昭和五二年一月二九日右工事に着手したことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》を総合すると、原告菅原が同年二月二日までに施行した右工事の出来高は請求原因二記載のとおり合計四一万〇九九五円相当のものであったことが認められる。

2  本件建物が同月三日午前七時ころ発生した火災により全焼し、右工事を完了することができなくなったことは、当事者間に争いがない。そこで、右火災の原因について検討する。

(一) 《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち、本件建物は、本件火災の発生当時、前記改造工事のため、一階台所の別紙図面(一)記載のイ、ロ、ハの各点を結ぶ部分の外壁が一階の床面から天井に至るまで撤去され、そのあとに原告菅原が布製シート三枚、ビニール製シート一枚(いずれも縦三・六メートル、横五・四メートルのもの)を別紙図面(二)記載のとおり張って一時的に外壁代わりとしていたこと、また、台所の一階天井に使用されていた有孔吸音テックスのうち別紙図面(一)記載の斜線部分にあたる箇所は幅約六〇センチメートル、長さ約六メートルにわたり電気工事のためにはがされて、その部分が二階の床まで吹抜けになっていたこと、右台所の北西角には別紙図面(一)記載のとおりガステーブルが設置されていたが、その自動点火装置が以前から故障していて、よほど強くコックを回さないと点火しない状態であったので家人はコックを開放した後マッチで点火してこれを使用していたこと、本件建物には、被告季彦、妻浄子と幼児二人のほか、被告季彦の母の被告タツが同居しており、被告タツは当時七九歳(明治三〇年四月二七日生)で少し前から家人がみてもかなり呆けたとみられる状態になっていたが、台所における朝の湯沸かしなどは家事の手伝いとして被告タツが行うことがあったこと、本件火災当日の午前七時ころ、二階で就寝中の他の家人より先に起床した被告タツが湯を沸かすため台所の前記ガステーブルにやかんを乗せコックを回したが、点火しなかったこと、しかし、被告タツは点火したかどうか確めず点火したものと誤信してその場を離れたため、ガス(その比重は空気一に対し〇・六一)が吹き出し、約二〇分後には台所内、とくにその天井付近及び二階に至る南側階段上部付近にガスが充満したこと、しかるに、同日午前七時二〇分ころ、台所に戻ってきた被告タツは、ガステーブルが点火されていないことに気づき、右のような火気厳禁の危険な状態の中で、不注意にも右ガステーブルに再び点火すべくマッチを擦ったため、充満していたガスに引火して音響とともに爆発し、その炎によって一階天井部分や前記シートが燃え出し、急速に本件建物全体に燃えひろがってこれを全焼させたこと、以上の事実を認めることができる(本件火災当時、台所の外壁が撤去され、シートが張られていたこと、台所北西角にガステーブルが設置されていたが、その自動点火装置が故障していたこと、被告季彦の母である被告タツが被告季彦方に同居していたこと、被告タツがガステーブルに点火するためにマッチを擦ったところ、漏れていたガスに引火して本件火災が発生したことは、当事者間に争いがない。)。

(二) 被告らは、被告タツの点火したガステーブルの火が前記シートの隙間から吹き込んだ風によって消えたためガスが漏れたものであると主張し、《証拠省略》中にはこれにそう部分がある。

しかし、《証拠省略》によると、原告菅原が別紙図面(二)記載のとおりシートを張るにあたっては、上方は角材に右シートを釘で固定したものを本件建物の二階床部分の外壁に打ちつけ、台所西側に張ったシートの南端の部分は塩化ビニール管に右シートを紐で縛りつけたものを同建物に釘で固定し、シート下方の地面に垂れている部分には大工道具や材木を置くなどして、冬期の風を防ぐようにし、また、前記四枚のシートを左右から重ね合わせて張ったため、部分的には二重、三重にシートが張られていたこと、本件火災当日、東京都千代田区大手町の東京管区気象台における午前六時の風速は毎秒一・四メートルで、本件建物付近もほぼ無風状態であったことが認められるのであり、これらの事実に照らすと、被告らの主張にそう前記証拠はたやすく採用することができない。

(三) また、被告らは、原告菅原の張った前記シートが法定の防炎性能を有せず、しかもガステーブルに近接して張られていたため、ガス爆発により右シートが燃え出し、そのシートの火が本件建物に燃え移ったものであると主張する。そして、前記シートが法定の防炎性能を有しないものであったことは、《証拠省略》から明らかであり、また、《証拠省略》中にも、炎上したシートの火が台所天井部分に燃えひろがったかのごとくうかがわせる部分がある。

しかし、他方、前記のとおりのガスの比重、ガステーブル上方の一階天井部分が吹抜けとなっていた台所の状況及び当時のほぼ無風状態等からすると、ガステーブルから吹き出したガスは台所の一階天井及びその裏側と二階床との間に多く充満し、爆発の火勢もその部分で最も強かったと推測されるところ、本件建物の北隣りに居住する証人伊藤寿彦は「異変を告げる声で南側の窓を開けると、本件建物の台所の東側にある洗面所、風呂場の窓から煙が出ていたが、その時はまだ炎はあがっていなかった」旨供述し、また、被告季彦は「妻の悲鳴で二階の寝室から出たところ、二階の廊下の板の隙間からブスブスと煙があがっており、階下におりてみるとシートが燃えていた」旨供述しているのであり、これらの状況と、台所天井の材質、当時の乾燥状態(当時異常乾燥注意報が発令中であったことは《証拠省略》により明らかである。)等を勘案すれば、爆発によって火がシートのみに着火し、建物には全く着火しなかったと認定することには疑問があるといわなければならない。右爆発によって被告タツが重大な傷害を受けた形跡はないが、右のようにガスが天井裏に多くまわっていたとみられることや台所の外壁がシートであったため爆発の衝撃が和げられたことを考えると、被告タツが受傷しなかった事実のみをもって爆発の規模が建物への直接の着火の可能性がないほど小規模なものであったとは認めがたいところである。結局、前記ガス爆発が発生しても、それにより本件シートに着火しなかったならば本件建物が燃えることはなかったであろうとの事実については、これにそう趣旨の前掲各証拠をたやすく採用することはできず、その点の因果関係の証明はないというほかない。

3  以上の認定によれば、本件火災は、被告タツが不注意によって屋内にガスを充満させたうえ、爆発の危険のある状態の下で不用意にマッチを擦って爆発を引き起こしたために発生したもので、被告タツの重大な過失に起因するものというべきである。そして、被告タツの右行為により本件請負契約はその履行を完了することができなくなったのであるが、被告タツは、右契約の債権者である被告季彦の家族の一員であり、被告季彦のいわば手足として家事を行う過程において重大な過失により右契約履行の前提となる本件建物を焼失せしめ(いわゆる受領不能)、その結果、契約の履行を完了することができないこととなったのであるから、民法五三六条の適用に関しては、これを被告季彦みずからの行為によった場合と同視して、同条二項にいう債権者の責に帰すべき事由による履行不能に当たると解するのが相当である。

4  そうすると、原告組合は少なくとも本件火災までに施行した工事につきその出来高に相当する反対給付を受ける権利を失わないものというべく、被告季彦は1記載の出来高相当額四一万〇九五五円を支払う義務を免れない。したがって、被告季彦に対し、右四一万〇九五五円及びこれに対する約定弁済期後である昭和五二年五月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告組合の請求は正当として認容すべきである。

二  原告菅原の被告タツに対する大工道具等損害賠償請求

1  本件火災が被告タツの重大な過失によって発生したものであることは一で認定したとおりである。

2  《証拠省略》によれば、本件火災により、原告菅原が被告季彦の了解を得て改造工事現場に置いてあった第一事件請求原因三の1及び2記載の自己所有の大工道具及び水道道具が焼燬し、使用不能となったこと、右請求原因記載の価格合計五二万六八〇〇円は、本件火災後間もなく原告菅原が同種の道具を新たに取得した際の価格であるが、右大工道具及び水道道具は性質上使用による価値の減少が通常それほどなく、かえってある程度使い込んだ道具の方が価値があるとされていることから、焼燬した道具の当時の価格は右取得価格を下まわるものでないこと、また、原告菅原は右の新たに取得した道具及び右請求原因に記載したもの以外の焼残り道具を使用可能な状態に調整するのに合計三万円の費用を要したことが認められる。

3  以上によれば、被告タツは、本件火災により原告菅原に生じた右合計五五万六八〇〇円相当の損害を賠償すべき義務がある。したがって、被告タツに対し、右五五万六八〇〇円及びこれに対する不法行為後である昭和五二年五月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告菅原の請求は正当として認容すべきである。

三  原告菅原の被告季彦に対する大工道具等損害賠償請求

1  原告菅原は、本件火災の発生につき、被告季彦にも、前記ガステーブルの点火装置の故障を修理せずに放置し、かつ、その故障を被告タツに知らせておかなかった重大な過失があると主張するが、一で認定した事実関係に照らせば、右主張の被告季彦の行為をもって本件火災の発生についての重大な過失とまで認めることは相当でない。

2  また、前記ガステーブルが原告菅原の主張するように民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たるものとは認めがたい。

3  したがって、原告菅原の被告季彦に対する大工道具等の損害賠償請求は失当というべきである。

第二第二事件について

原告会社、原告季彦及び同浄子の被告組合及び被告菅原に対する各請求は、いずれも、被告菅原の張った前記シートが前記ガス爆発の発生ないし本件建物焼失の原因となったことを前提とするものであるところ、第一事件について判示したとおり、右前提事実を認めるに足りないので、右各請求はその点において既に失当というほかない。

第三結論

以上の次第であるから、第一事件における原告組合の被告季彦に対する請求及び原告菅原の被告タツに対する請求はいずれも認容すべきであるが、第一事件のその余の請求及び第二事件の各請求はいずれも棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 河野信夫 高橋徹)

<以下省略>

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